窪八幡宮
窪八幡宮(くぼはちまんぐう)は岡山県岡山市東区にある神社。旧社格は郷社。
== 祭神 ==
=== 主殿 ===
品陀和気命(応神天皇)
息長帯姫命(神功皇后)
仲哀天皇
伊邪那岐命
伊那那美命
=== 相殿 ===
姫大神
== 社歴 ==
貞観元年(859年)8月23日 - 創建。
明治6年(1873年) - 郷社に列せられる。
明治40年(1910年) - 神饌幣帛料供進の神社に指定される。
明治43年(1913年) - 神社合祀令により、西隆寺の村社八幡宮、本村福治の村社八幡宮を合祀し、現在の祭神となる。
== 由来 ==
伝承によれば、第58代清和天皇の時代、豊前国宇佐神宮を信仰し毎年参拝していた備前国上道群窪の庄内の領主藤原朝臣藤井左馬之進弘清が、老年になって参拝が不自由になり、領内に八幡神を勧請して信仰を尽くすため、窪庄内の氏神若宮の地に社殿を造営し貞観元年(859年)8月23日、奈良大安寺の僧行教に依頼し、豊前国に鎮座する宇佐神宮を勧請し、窪八幡宮として崇敬し弘清及び窪庄内の人々の氏神としたという。
この後、この勧請した神を主祭神とし、若宮を摂社として祭祀がなされるようになったという。
古くは、備前国四大社(吉備津彦神社、岡山神社、安仁神社、窪八幡宮)の1社に数えられ、代々藩主や豪商らの参詣・寄進が絶えなかった。
室町幕府初代将軍足利尊氏が備前国福岡に滞陣中、窪八幡宮に参詣し、社領として田畑二十余町を寄進されたことが記録されている。