高越城
高越城(たかこしじょう)は、備中国後月郡荏原荘(岡山県井原市)にあった日本の城。戦国時代には備中伊勢氏の城であった。最近の研究では伊勢盛時(北条早雲)の出生地とされる。
井原市指定史跡。
== 概要 ==
旧山陽道を見下ろす標高172メートルの高越山山頂に築かれた山城で、山頂の主郭を中心に5つ程度の郭を配置し、南側の尾根にも出丸を備え、主郭背部には堀切を設けて防御設備として利用した階郭式の縄張りとなっている。この地は旧山陽道と南側の笠岡の港が合流する要地であった。
== 沿革 ==
弘安4年(1281年)、弘安の役に際して、幕府軍の総大将として九州に出陣した宇都宮貞綱が築いたとされる。その後、備中国荏原郷を得た那須氏の城となる。室町時代になると備中国荏原郷や井原荘、笠岡村等を領した伊勢氏の持城となり、伊勢盛綱の四男である盛定が所領分割で荏原荘を得たため、その居城となった。
盛定は申次衆であり、同じく申次衆で備中伊勢氏惣領であった兄の伊勢盛富とともに京都に在住していた。